「体の機能分析、向上の専門家」 New York FuncPhysio代表 髙田洋平 さん

「セラピストが一対一で60分間一人の患者さんをしっかりとした技術と知識で治療する」という理念で運営されているクリニックの主宰者、フィジカルセラピストの高田洋平さんにお話を伺いました。   

お忙しい中ありがとうございます。まずは子供時代についてお話くださいますか。

 幼稚園、小学校の頃は暗くなっても外で泥だらけになって遊んでいました。私の育った街は今でこそ住宅街となっていますが、1980年代当時は雑木林、空き地、ドブ川、湿地帯などが家の周りに点在していて、毎日のように近所の友達と外で遊んでいました。勉強嫌いで、喧嘩をよくし、授業中の態度が悪い、成績が悪いなどで母親がよく先生に呼び出されていた記憶があります。落ち着きがなかったので今日ですと間違いなく ADHD(Attention-Deficit Hyperactivity Disorder = 注意欠陥・多動性障害)と診断されていたと思います。

そうなんですか。大人になったらどんなことをしたいと思っていましたか?

 大人になったら何をしたいかといったことは特に考えていなかったと思います。その日その日の遊びに全力だったと思います。あまり物事を深く考える幼少期ではありませんでした。

中学、高校時代はどのように過ごされたのですか? 野球選手だったそうですね。

 小学校3年生の時に転校し、そこからずいぶん落ち着いたと思います。住宅街に引っ越したということもあり以前の様に外で遊ぶ環境が無くなり、学校の校庭で遊んだり友達の家に遊びにいったりという感じでしょうか。この頃から「皆勤賞」を取る! みたいな今思うとなんでそんな事にこだわっていたのかわからないものにこだわりを持って生きていた気がします。勉強は相変わらず興味がなく、漠然とスポーツ選手になりたいと思っていたのもこの時期だと思います。ただ何のスポーツというこだわりがあったわけではなく、何となく「スポーツ選手」になりたいと思っていた気がします。中学から野球部に入り、その後高校まで続けました。高校卒業後は大学に進学せず「スター選手」になる!と家を出てゴルフを含めた色々なスポーツに手を出しましたね。今考えるとかなり「バカ」ですし、本当に親不孝者だったとおもいます(笑)。

大きな影響を受けられた方はいらっしゃいますか?

 父親でしょうか。団塊世代の会社員で、毎日忙しく、小学校から高校の頃はあまり接する機会はありませんでした。無口な人なので親父と会話をした記憶はほとんどありません。ただたまの休みなんかはカブト虫とりや魚釣りに連れて行ってくれました。勉強も出来スポーツも出来て、間違ったことが嫌いな「俺の背中を見ろ」というような親父でした。そんな親父ですが、若かりし時「海外へ出て色々チャレンジしたかった」ということをよく語り、息子の私にも「日本だけじゃなく外の世界を常に見て生きていくように!」ということを語っていました。ですので、道に迷った時も、海外も視野に入れて選択肢を持てたというのは親父のおかげだと思います。実際24歳ぐらいの時、自分の将来や進路で悩んでいた時、 アメリカ行きの後押しをしてくれたのも親父でした。

フィジカルセラピスト(理学療法士)になろうと思ったのはいつ頃ですか? 何かきっかけがあったのですか? 

 フィジカルセラピストになろうと思ったのは23歳ぐらいの時でした。高校卒業後スポーツに携わる中で自分自身も多々怪我をしたことからスポーツ選手達を支える仕事をしたいと思ったのがきっかけです。

どうしてアメリカへ来られたのですか?

 日本でのスポーツリハビリ分野やフィジカルセラピーなども考えたのですが、その当時日本のそうした分野は非常に遅れていました。ですので、スポーツリハビリ分野で当時最先端と言われていたアメリカに来ようと決断したのです。26歳の時でした。

バージニア州のシェナンドー大学で生物学を専攻し主席卒業されていますが、英語は得意だったのですか?

 アメリカでフィジカルセラピストになるためにはまず4年生大学を卒業している必要があったので、バージニア州のシェナンドー大学で生物学を専攻し卒業しました。英語も海外経験もゼロでしたので随分と苦労しました。初めは授業の会話はほとんど聞き取れなかったので、クラスメートにノートを見せてもらったり、分厚い教科書を隅から隅まで電子辞書を片手にひたすら読んでいました。また年齢も年齢だったのでかなり切羽詰まっていたこともあり毎日勉強漬けでした。 そんなこともあり結果3年間で学士課程を修了し首席で卒業することができました。26歳で大学一年生というと日本ではものすごく偏見の目で見られると思いますし、私も 劣等感を持っていましたが、アメリカでは私より年上の人が同じクラスで平然と同じ授業を受けていたりしていて、そういった環境にはずいぶん救われた気がします。

コロンビア大学大学院で理学療法の博士課程を優等卒業されたのですね。

 はい。コロンビア大学院での生活も勉強や実習ばかりでした。ただプログラムにいる全員が皆勉強熱心だったので、一人だけ図書館にこもって勉強をしていたという感じではなく、クラスメートと共にいつも勉強をしていた記憶があります。こちらの学生はメリハリがあるのでテストが終わる度にクラスメート達でクラブに遊びに行って朝まで出歩くということはしていました。学校でリハビリの勉強を毎日していましたが「スポーツリハビリの夢に向かって」というよりは、日々の授業、課題、テストなどの毎日の出来事についていくのに必死でした。医学部もそうですが、学校というのは、 広く浅く基本を学ぶ場所なので 元々は興味のなかった分野、例えば心肺系リハビリなども必死で勉強することになりよかったと思います。

 Columbia University Graduate School 卒業式

博士課程修了後はどうされたのですか? 

卒業後すぐにコロンビア大学病院で働き始めました。卒業後はスポーツ関連のクリニックなどで働きたいと考えていましたが、同大学病院でインターンをしていた時に気に入ってもらえオファーをいただいたのと、ビザ的にも大学からのサポートはスムーズだったので決断しました。今考えると非常に貴重な経験になりました。ご存知のように世界的にも有名な総合病院ですので、ありとあらゆる疾患の患者さんの治療に携わらせてもらうことが出来ましたし、心臓移植後のリハビリなど普通では行なえない経験も積ませてもらうことができました。その後ブロンクス地区にある Montefiore 大学病院に移籍し、合計3年あまり病院機関で働き、その後外来クリニックに移動しました。  

なぜもっと早く自分のクリニックを始めなかったのか、またはスポーツ関連の施設で働かなかったのか、と聞かれることもありますが、ビザの問題でそもそもその選択肢がなかったというのが本当のところです。当時はリーマンショック後だということもありグリーンカードに関しては今よりも取りにくい時期で随分と苦労しました。そうした背景もありすぐにはクリニックを開いたりは出来ませんでした。グリーンカードが取れるまでは与えられた状況で精一杯やろうと腹をくくっていました。その代わり学べることは学ぼうと、年間10以上のセミナーを受講したり、また幾つものカンファレンスに参加するなどありとあらゆることを通して技術や知識を身につけていました。整形・徒手療法の研修プログラムに通っていたのもこの時期です。年間にかかる費用も相当なものでした。有給休暇もほとんどこうしたセミナー受講のために費やし、周りのセラピストからはクレイジーだとの扱いを受けていましたね。

FuncPhysio はいつスタートされたのですか? その理念についてもお話ください。 

 2013年に独立し、現在のマンハッタンのクリニックは2014年からスタートしました。病院機関やクリニックなどで働いた経験では、外来だと1時間に患者を2~3人、多いところだと1時間に4~5人とか治療しないといけないのです。ですから治療時間が合計1時間だとしてもセラピストが実際患者さんを治療できるのは30分以下、へたしたら5分も無いという状態でした。その後はトレーナーやアルバイトの方に 「あと、このエクササイズお願い」というような状態でした。残念ながら今のアメリカにある多くのクリニックがこうした状況です。これでは良くなるべき症状も良くならないですし、「電気治療や温熱療法だけやって終わり」になってしまうと、患者さんに対して自分が何も出来ていないという虚無感が非常にありました。せっかくセミナーなどで多くの知識や技術を磨いてきても使う機会がない、という状態で、自分で働いていながらも「マッサージ屋さんに行ってもらった方が患者さんにとってはよいかもなぁ」と感じることも多々ありました。

 FuncPhysio は「セラピストが一対一で60分間一人の患者さんをしっかりとした技術と知識で治療する」という理念で行なっています。その為、私の元に集まってくれているセラピストは全米を見回しても相当高いレベルのセラピスト達です。またこのように高い技術と知識を持ったセラピストと60分間一対一で治療を受けられるクリニックは全米見渡してもほとんどありません。もちろん日本にもありません。

患者さん一人に60分かけるのですか! 名称の由来も教えていただけますか?

 FuncPhysio の名前の由来ですが、痛みだけの治療ではなく、個々人の持っている最高の function(運動機能)を引き出せる physiotherapy(physical therapy と同義)ということで FuncPhysio と名付けました。我々がスポーツに特化しているようなイメージがあるかもしれませんが、そういうことではありません。歩いたり、階段を上ったり、座ったり立ったり、呼吸したりと日々の一つ一つの動作機能を高めることが目標です。例えば腰痛、肩こりや膝痛などもこうした日常運動機能の低下から引き起こされます。よく「年だから」みたいなことを聞きますが、年だから体に問題が出てくるのではありません。こうしたさりげない 運動機能の低下、バランスの崩れなどが蓄積された結果、問題が出てくるわけです。逆に言えば運動機能を高く保っている方は年を取ってもピンピンしてますね。こうした機能的な体を維持し、健康的に年を重ねていく健康老人を増やしていくのが我々の使命だと思っています。

勘違いして欲しくないのがここで言う運動機能とは、どれだけ運動をしているか、どれだけ走れるか、どれだけダンベルを持ち上げられるかといったことでは無いです。体をいかに機能的に使えているかということです。

そういうことですか。フィジカルセラピストの定義というか、そのカバーする範囲はどういうものですか? 

 フィジカルセラピストは国家資格を有し運動機能回復に特化した医療従事者で社会の中で幅広く活躍しています。病院でのリハビリはもちろんのこと、学校機関、スポーツチーム、また私のクリニックのように独立したクリニックなど様々な場所で活躍しています。診療する患者さんに関しても手術後のリハビリ、脳卒中など神経疾患などのリハビリ、小児リハビリ、スポーツ選手のリハビリやトレーニング、また一般整形の治療などなど様々です。

アメリカにおける医療界でのステータスはいかがですか?

 日本に比べアメリカでのフィジカルセラピストのステータスは高いです。近年では博士課程の修了を必要とする職業です。またアメリカの医療業界は横関係社会ですので、医師や他の医療従事者などと同じ立場で話がしやすいのでとても良い環境です。世界的にみるとフィジカルセラピストやその他の医療従事者を含む環境で言えば日本は特殊すぎる状況にあります 。例えば足を捻挫した時などに行く接骨院などは日本にしか無いシステムです。また柔道整復師、また整体師なども日本にしか無い職業です。アメリカ、オーストラリア、またヨーロッパ諸国はこうした外来クリニックを一括してフィジカルセラピストが行なっています。

スポーツのトレーニングに関しては、様々な競技における特性を踏まえた指導を行なっており、特にゴルフを専門分野とされているのですね。ゴルフフィットネスインストラクターの資格を有し、そのゴルフトレーニング・リハビリにはPGALPGAツアー選手も来られているそうですね。ご自分がゴルフをなさるから、問題点もよくわかるということでしょうか?

 担当した患者さんやクライエントが行なう運動動作を理解することは必須だと考えています。たとえそれがスポーツでなくても、例えば、子育て中のお母さん、お父さんが子どもを抱っこする時などにしろ、そうした動作が行なわれる環境や、動作 を一つ一つ理解することは治療やトレーニングを行なう上で必須です。私も親になって、子育て中に腰を痛めたり、肩を痛めたり、腱鞘炎になったりする親御さんが多い理由が初めて身にしみてわかりました。それまではテキストブックに載っているような当たり前のアドバイスや治療しかできませんでしたが、子育てはそんな理想的な世界ではないというのを実感して随分と考え方が変わりました。

ゴルフを例えとして話しますと、実際自分で行なってみないとゴルフスイング動作の細かいところ、またスイング以外のゴルフゲームに関しては理解できないことがたくさんあります。例えばゴルフバッグを担いで18ホールプレーする人と、乗用カートでプレーする人とでは体への負担のかかり方が全く違いますし、またアドバイスも変わってきたりします。そうした意味でもスポーツ関係の問題を診る時に、そのスポーツの特性を踏まえて指導することは大切です。そうでないと単なる理論的な話をするだけになってしまいます。ゴルフや野球に真剣に取り組んできた過去があるので、体の動きやスポーツの特性などを深く理解しています。その為そこから得た経験と学校などで学んだ知識を組み合わせることによってより高いレベルの治療やアドバイスが出来ると思っています。極端な話ですが自身で100すら切れないゴルフインストラクターからゴルフスイングのアドバイスを受けたいと思いますか?

PGA Show Orland FL

ゴルフの腕は相当なもので、アマチュアゴルファーの夏の祭典となっている「ベスト30チャリティー・ゴルフトーナメント」大会で優勝或いは準優勝を続けているそうですね。その秘訣は?

 過去8年間優勝を4回、準優勝を4回しました。ゴルフのハンディキャップも2年前にはマイナス1ぐらいまで行きました。今は子育てや仕事が忙しくなりハンディ2ぐらいまで落ちてしまいましたが・・・。ゴルフはこの8年ぐらいの間に非常に上手くなりました。体の動きを勉強したことで、どういうスイングが一番理想的で効率的なのかを理解できていること、ゴルフのトレーニングの為に何をすれば良いかということが解ってきたことが理由だと思います。ゴルフ雑誌など散乱しているスイング理論やアドバイスなどに惑わされず、自分でベストだと思う情報だけを取り入れられる、または作り出すことが大事ですね。よく「練習を凄くやってるのですよね」と聞かれますが、ハッキリ言ってほとんどやっていません。今年に関してはラウンドに行ったのは16回ぐらいでしょうか。 この練習量とラウンド数でハンディ2をキープできているのはとても幸運なことだと思います。 それも、体の仕組みと動きの理解があるので無駄なトレーニングや練習をしなくて済んでいるからだと思います。

成績が証明しているので言葉に重みがありますね。ところで、現在は、トロ大学の招待教授として、臨床現場で学生・フィジカルセラピスト研修生の指導も行ない、さらに東京にもオフィスを持たれて治療にあたると同時に、米国の最新治療法を日本に伝え、フィジカルセラピストの指導も行なっているのですね。

名誉なことですが、トロ大学からは整形外科理学療法学研修課程の招待教授、またコロンビア大学からは 理学療法学科の 特別講師としてここ数年呼ばれるようになりました。ただ私は教鞭を振るうのは苦手です。臨床の現場を通して次の世代の若手を育てることへ寄与できたらと思っています。FuncPhysio で学生の受け入れや 研修生への指導を積極的にしているのはそうした思いからです。

日本を出てアメリカで学ぶという機会を与えてもらってからずっと、「日本のリハビリ業界の底上げの力になりたい」という思いは 持ち続けています(むしろ使命感でしょうか)。日本でオフィスを開いた理由はアメリカで学んできたことを伝え、日本のリハビリ業界の現状を変えたいという思いからです。幸運なことに FuncPhysio の噂を聞き日本から大学の先生、日本の医師、日本のフィジカルセラピスト達が見学、研修に訪れてくれます。そうした方々が日本で活躍できるようなクリニック、または日本で学びたい人達がさらなる知識や技術を学べる場所を今後提供していければと願っています。

お忙しい中ご自分の時間が持てた時にはどのようなことをなさっているのでしょうか?

 ゴルフが好きなので時間があればゴルフに行きたいです。しかし、残念ながらここ数年自分の時間を持つことは少ないですね。7歳と4歳の娘がいますし、我が家は共働きですし、なかなか自分の時間というのは作れないです。同じ境遇の方はたくさんおられると思いますが・・・。また、我々の職業って何かを極めるなんてことはないと思います。 例えば、お医者さんでも日々進歩する医学を常に学んでいく訳ですよね。何十年も前の医学部時代の知識だけで患者さんを診ているお医者さんを信用できますか? フィジカルセラピーも同様で、追求していくと奥が深いです。学んでも学んでもまだまだ学ぶことが山ほどあります。私も常に新しい知識や技術を取得しようと心がけています。 来年新たな資格試験を受けるのでその為の準備や勉強に空いた時間を使っています。

Augusta National 2015

最後に、今後の展望についてお話いただけますか。

 今後の目標や将来的な展望は持っています。色々ありすぎてここでその全てはお話出来ないですが、その中の一つは日本の文化や技術の輸出です。上述した話と相反してしまいますが、FuncPhysio に来てくれるアメリカ人患者が非常に増えてきています。皆口コミで噂を聞きつけ来てくれている方達ばかりですが、その背景には FuncPhysio の理念である「セラピストが一対一で60分間一人の患者さんをしっかりとした技術と知識で治療する」ということがあると思います。日本の「おもてなし」という言葉をよく耳にしますが、日本人って細かいところに気が付いたり、手先が器用だったり、勤勉だったりする文化があるじゃないですか。だからアメリカ人にもそれが伝わります。「スタッフが真摯に対応してくる」、「セラピストが丁寧な治療をしてくれる」、また「色々なクリニックや病院に行ってダメだったけど、FuncPhysio に来て本当に症状が良くなった」というありがたいコメントを多くいただきます。

さらに日本のリハビリ業界は外の情報があまり入ってこなかった歴史的背景があるので、独自の技術や知識を育んできた面もあります。例えば古武術なんかを基にした運動動作向上なんかはその一例だと思います。今後そうした日本の価値や技術というものをもっともっと世界に伝えていければと思っています。

様々な経験を治療に活かされているのですね。興味深いお話をありがとうございました。これからも益々ご活躍ください。

Dr. Yohei Takada
www.funcphysio.com

マスターズ銅像